大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成7年(ネ)5244号 判決

控訴人(附帯被控訴人)

有限会社北辰プランニング

右代表者代表取締役

横山由藏

右訴訟代理人弁護士

石原英昭

被控訴人(附帯控訴人)

破産者H破産管財人

小林郁夫

主文

一  原判決主文第二項を取り消す。

二  被控訴人(附帯控訴人)の控訴人(附帯被控訴人)に対する金員支払請求を棄却する。

三  本件附帯控訴を棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを四分し、その一を控訴人(附帯被控訴人)の、その余を被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人(附帯被控訴人、以下「控訴人」という。)

(控訴の趣旨)

主文第一、二項と同旨

(附帯控訴に対する答弁)

附帯控訴棄却

二  被控訴人(附帯控訴人、以下「被控訴人」という。)

(控訴に対する答弁)

控訴棄却

(附帯控訴の趣旨)

1 原判決主文第一項を次の通り変更する。

2 控訴人は、被控訴人に対し、金二六九五万円の支払いを受けるのと引換えに、原判決別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)及び同目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)を明け渡せ。

第二  事案の概要

本件は、H(以下「H」という。)が、その所有する本件土地上に本件建物を建築するため、控訴人との間で、Hを注文者、控訴人を請負人とする請負契約を締結し、建物が完成したが、控訴人が本件土地及び本件建物を占有しているとして、Hの破産管財人(Hは平成二年一月一六日破産宣告)である被控訴人が、控訴人に対し、本件土地及び本件建物の明け渡しを求めるとともに、控訴人が本件建物を使用収益したとして不当利得金の支払いを求めるものである。これに対し控訴人は、請負代金の支払いを受けるまで本件土地及び本件建物の明渡しを拒絶する旨主張し、かつ、不当利得はないと主張している。

原判決は、請負代金三六九五万円の支払いと引換えに本件土地及び本件建物の明渡しの請求を認容するとともに、不当利得返還請求を認容したため、控訴人が不当利得の判断について不服を申し立て、被控訴人も引換え給付の金額について不服があるとして附帯控訴したものである。

当事者双方の主張は、次のとおり付加するほか、原判決「第二 当事者の主張」記載のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人の当審における主張)

一  不当利得について

1 原判決は、控訴人が本件建物を賃貸し、又は自ら使用収益することにより一七二五万円の利得を得たと認定し、これを返還すべきものであるとしたが、これは利得の存否についての事実認定及び法律の解釈を誤ったものである。

すなわち、本件建物は控訴人が請負契約により建築したものであり、建築請負契約は双務契約であるところ、双務契約については破産法の規定により、破産管財人が反対給付の履行をした場合に自らの給付をすればよいのであるから、控訴人としては代金の支払を受けない限り本件建物の引き渡しをしなくても良い立場にある。そして、民法五五九条の規定により請負について準用される同法五七五条の規定により、控訴人は、引き渡しをするまでの果実として、本件建物の賃貸料等を取得することができる。また、本件建物には時価を超える抵当権が設定されており、既に競売が開始されているのであるから、被控訴人が請負代金を支払うことはありえず、本件建物の引渡しを受け、これを利用して収益を上げることもまたありえないから、被控訴人には損害がない。次に、利得とされる金員のうち二九五万円は、本件建物の一〇一号室を控訴人が自ら使用したことによるものであるが、控訴人は小規模な会社で本来の事務所の他に事務所を設ける必要はなく、一〇一号室を使用したのは、専ら留置権若しくは同時履行の抗弁権に基づく建物の占有管理の必要のためであるから、利得はない。控訴人は、本件建物管理のための電気代、草刈り等の労務費も負担している。

二  請負代金の支払い(附帯控訴理由)について

被控訴人は、請負代金のうち一〇〇〇万円は支払い済みであると主張する。しかし、控訴人は、Hからいったん支払いを受けた代金一〇〇〇万円の返還を求められ、平成元年一月三〇日に三〇〇万円、同年二月一三日に三八〇万円をHに交付するとともに、同月一四日に三五〇万円をHが代表者であったH建設株式会社あるいは菱陽商事株式会社の口座に送金して合計一〇三〇万円を返還し、領収書も回収しているから、請負代金は支払われていない。また、一審の審理において被控訴人は、控訴人の主張する反対債権の額は争わない旨述べているのであるから、いまさらこれを主張することは信義に反し、許されない。

(被控訴人の当審における主張)

一  不当利得について

民法五七五条は、目的物が契約時に果実を生じることが予定されているような場合において、果実と管理費用及び利息との関係を調整した規定であり、目的物の引渡し義務を負うものは、そのままの状態で引き渡す義務があり、目的物を新たに賃貸し、収益を得ることは許されない。したがって、本件建物引渡義務のある控訴人が、本件建物を賃貸し、これにより収益をえることは、民法五七五条の適用外である。控訴人が破産宣告後本件建物を賃貸し収益を上げることは、破産手続外により破産債権の回収を図ったものというべきであるから、収益が不当利得にならないとすると他の破産債権者との公平を欠くこととなる。同時履行の抗弁権は本件建物の引渡しを拒むことができる権利に過ぎず、同時履行の抗弁権があるからといって他に賃貸して収益を上げることまでは認められない。

二  請負代金の一部支払いについて

被控訴人が請負代金のうち一〇〇〇万円を支払っていることは甲第六号証により明らかであるから、三六九五万円から一〇〇〇万円を差し引いた二六九五万円と本件土地及び本件建物の引換え給付を求める。控訴人は、合計一〇三〇万円をH建設あるいは菱陽商事に送金し、被控訴人主張の一〇〇〇万円は返還済みであるとするが、控訴人の送金は、H建設が控訴人から借り入れたものであるから、被控訴人としては請負代金の返還を受けていない。

第三  当裁判所の判断

一  被控訴人が平成二年一月一六日破産宣告を受けたHの破産管財人であること、Hは本件土地及び本件建物を所有しており、それが破産財団に属する財産であること、控訴人が本件土地及び本件建物を占有していることは、当事者間に争いがない。

二  明渡請求について

1  控訴人が平成元年一月にHから本件建物の建築を代金三〇〇〇万円、代金の支払時期は、契約時一〇〇〇万円、中間金として一五〇〇万円、完成引渡時に五〇〇万円の約定で請け負い、さらに追加工事として、外溝工事、給排水工事等を代金六九五万円で請け負ったことは、当事者間に争いがない。

控訴人は、右請負代金につき本件土地建物に留置権があると主張するけれども、破産法九三条によれば、商法による留置権でない留置権は破産財団に対してはその効力を失うところ、Hは商人ではないのみならず、本件土地建物のような不動産につき商法による留置権が成立することはないから(東京高裁平成八年五月二八日判決・判例時報一五七〇号一一八頁参照)、この主張は失当である。

2  次に同時履行の抗弁権につき判断する。

甲第一号証及び原審における控訴人代表者尋問の結果によれば、控訴人は、Hに対し本件建物についての工事完了引渡証を交付し、本件建物につき平成元年五月一六日に表示の登記がされ、同月二三日にH名義の所有権保存登記がされたことが認められるけれども、一方、乙第五号証及び原審における控訴人代表者尋問の結果によれば、右表示の登記がされた時点では本件建物は完成しておらず、八〇パーセント程度完成の状態であったが、Hが融資を受ける便宜のため、控訴人が事実上引渡証を交付し、表示登記及び所有権保存登記がされたものであって、本件建物が完成し、Hに引渡されたものと認めることはできない。そうすると、控訴人の同時履行の抗弁権の主張は理由があり、控訴人は、請負代金の履行の提供があるまでは、本件建物及びその敷地である本件土地の引渡しを拒むことができる。

三  不当利得について

控訴人が本件建物を賃貸することにより平成二年九月一日から平成六年一二月三一日までの間に、少なくとも一四三〇万円の収益を上げ、また、一〇一号室を平成二年二月一日から平成六年一二月三一日まで五九ケ月間使用したことは、当事者間に争いがない。

被控訴人は、この賃料及び使用利益が控訴人の不当利得になると主張して、その返還を求めている。そこで、この間の事実関係を検討することとする。

甲第一号証、第四号証、乙第一一、一二号証、第一三、一四号証の各一、二に原審証人Hの証言及び原審における控訴人代表者尋問の結果によれば、次の事実を認めることができる。

1  Hは、請負契約成立のころ、請負代金の内金一〇〇〇万円を支払ったが、後記のように間もなくその返還を受けた。

2  控訴人は、自ら材料を調達して本件建物の建築を行い、本件建物が八分どおり完成した平成元年五月一六日ころ、Hの求めにより、本件建物にHを債務者とする抵当権設定登記をするため、本件建物の表示登記及びH名義の所有権保存登記に必要な書類をHに交付し、同日本件建物の表示登記がされ、同月二三日、H名義の所有権保存登記及びダイヤモンド信用保証株式会社を抵当権者とする抵当権設定登記がされた。

3  控訴人は、Hに融資を受けさせ請負代金の支払を受けるため、H名義の保存登記に協力したのであるが、その後も請負代金が支払われなかったため、控訴人は、Hと協議の結果、同年六月九日ころ、本件建物につき控訴人の請負代金を被担保債権とする抵当権を設定し、その旨の仮登記を経由するとともに、控訴人のために、抵当債務の不履行を停止条件とする賃借権を設定し、賃借人である控訴人が転貸しすることができる旨の特約を付け、条件付賃借権設定仮登記を経由した。

4  控訴人は、引き続き本件建物の建築工事を行い、同年七月一七日ころこれを完成し、請負代金の支払いを求めたが支払いがなかった。そこで、控訴人は、本件建物の引渡しをせずにその敷地である本件土地とともに占有を続けたが、その後もなお請負代金が支払われず、Hが破産して代金の支払を受ける見通しも立たないため、控訴人はやむを得ず、本件建物を第三者に賃貸して、賃料を受領している。

5  本件建物は賃貸用アパートとして建築されたもので、これを第三者に賃貸することは本件建物の用法として相当なものであり、賃料その他の賃貸借の条件も相当なものである。

右のとおり認められ、この認定を左右する証拠はない。

ところで、控訴人は、本件建物の賃貸料は、引渡しをしていない本件建物の果実として、民法五五九条により請負契約に準用される民法五七五条により控訴人が取得することができると主張する。

民法五七五条の規定は、売主と買主との間の複雑な権利関係を画一的に解決し、かつ、両者の間の公平を図ろうとする趣旨のものである。すなわち、従前売主に属していた売買の目的物の所有権は、原則として売買契約によって目的物の引渡し前でも買主に移転する。従って、その時から引渡しまでは、売主は買主の所有権を占有することとなり、果実の返還、管理費用の償還請求など複雑な権利関係を生ずる。そこで、同条は、目的物の引渡しと代金の利息の支払いを関連させ、売主は目的物を引渡すまでは果実を収受し、管理費用を負担するとともに、買主は代金の利息を支払う必要はないとして、公平を図るとともに、契約から引渡しに至る過渡的な期間における問題の簡潔な解決を図ろうとしてものである。

そして、売買に関する民法五七五条の規定は、同法五五九条により有償契約である請負い契約にもその性質に反しない限り準用されるのであるが、建物建築請負契約においては、請負人は、完成した建物をそのままで、すなわち賃借権等の負担のない状態で注文主に引渡すべき義務を負っているのであるから、請負人は、特段の事情のない限り、これを他に賃貸することはできず、他に賃貸したとしても、その賃料はここにいう果実として請負人が取得することができないものと解するのが相当である。

しかしながら、前記認定事実によれば、控訴人は自ら材料を供給して本件建物を完成させたもので、控訴人に対する代金の支払は全くなされていないのであるから、本件建物は、金融の便のためH名義に所有権保存登記されたものの、実質的には控訴人の所有に属しているものと評価することができる。そして、前記認定事実によると、控訴人は、Hから請負代金の支払を全く受けられないため、その支払の担保のため本件建物に抵当権及び停止条件付賃借権(転貸自由のもの)の設定を受けたが、それでも請負代金の支払がなく、そのうえHが破産して相当な期間内に支払を受けることができる見込もないので、やむを得ず本件建物を第三者に賃貸するとともに、その管理の必要上一室を自ら占有しているというのである。これに加えて、本件建物はもともと賃貸用アパートとする目的で建築されたものであるから、これを賃貸することは、その通常の用法に適したものであり、賃料その他の賃貸借の条件も相当なものであるというのである。このような場合においては、目的物の賃貸は請負契約の債務不履行には該当せず、請負契約についても売買契約についての定めである民法五七五条の規定を準用して、目的物の果実である賃貸料を請負人が収得することができる特段の事情があるものと解するのが相当である。そして、本件建物の一室の占有も賃貸物の管理のため必要なものであるから、その占有利益も不当利得と評価することはできない。

以上によれば、控訴人が収受した賃料及び一〇二号室の使用利益について不当利得の成立する余地はないということになる。

被控訴人は、控訴人がHの破産宣告後本件建物を賃貸し収益を上げることは、破産手続によらないで破産債権を回収することに帰し、他の破産債権者との公平を欠くと主張する。しかし、右に認定判断したとおり本件建物は、実質上は破産財団ではなく控訴人の所有に属しているのであって、これを賃貸し、収益を上げることは、この実質上の所有権に基づくものであるから、公平を欠くとはいえない。被控訴人の主張は、採用することができないものである。

四  請負代金の一部支払いの有無について

被控訴人は、Hが請負代金のうち一〇〇〇万円を支払ったと主張し、控訴人は、いったん受取った右金員をHに返還したと主張している。そして、甲第四号証、乙第一一、一二号証、乙第一三、一四号証の各一、二と原審証人Hの証言(後記の信用できない部分を除く。)及び原審控訴人代表者本人尋問の結果によれば、Hは、本件建物請負契約を締結した平成元年一月二六日ころ、請負代金内金一〇〇〇万円を控訴人に支払ったこと、しかし、Hは資金繰りに窮していたため、控訴人に対し右代金を一時返還することを求め、控訴人は、これに応じて、同年一月三〇日に三〇〇万円を、同年二月一三日に三八〇万円を、それぞれHに交付し、同月一四日に三五〇万円をH建設か菱陽商事の口座に振り込み送金したこと、Hはこれに対して、利息を付して一〇六五万円を控訴人に返還すること、そのうち一〇〇〇万円を請負代金に充当する旨約し、同趣旨の誓約書も入れ、控訴人は先に交付した一〇〇〇万円の領収書の返還を受けたこと、Hは、同年八月四日、本件請負工事代金全額が未払いであるとしてその支払いを約束する旨の公正証書を作成していることが認められる。この認定に反する甲第二号証の記載及び原審証人Hの証言は信用できない。

被控訴人は、前記一〇三〇万円の送金は、訴外H建設が借り入れたものであると主張し、右訴外会社の借入れとして会計処理されている伝票や帳簿(甲第九号証ないし第一二号証)を提出しているが、控訴人としてはあくまでHに交付したと認識しており(原審控訴人代表者の供述)、請負代金の領収書の返還を受けていることからすれば、契約時に支払われた一〇〇〇万円はHに返還されたとの認定を左右するものではない。また、控訴人が平成元年五月一五日にHあて提出した請求書(甲第六号証)には、請負代金として一〇〇〇万円入金した旨の記載があるが、前掲各証拠によれば、控訴人は前記約束に従いHから一〇六五万円が入金されることを前提として右請求書を発行したことが認められるから、甲六号証によっても、前記認定を覆すことはできない。そうすると、本件請負代金三六九五万円は、未だ支払われていないといわざるをえない。

五  以上のとおり、控訴人は、被控訴人に対し、請負代金三六九五万円の支払を受けるのと引換えに本件建物及び本件土地を明け渡すべき義務があるから、被控訴人の明渡請求は、右の限度で理由があるものとして認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきである。次に被控訴人の不当利得金請求は、理由がないから棄却すべきである。

よって本件控訴は理由があり、本件附帯控訴は理由がないから、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官今井功 裁判官淺生重機 裁判官小林登美子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例